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概念体

今日も元気にアムかっと!

共倒れになる親子の話


私に適応障害と診断がついてからもう一年が経とうとしています。でも親戚や家族からは「本当に病気なわけじゃなくてお医者さんが一応つけてるだけだよ」っていつも言われていました。

私は、病気だと言われた方がよほど救われます。みんなが気を使ってそう言っているのであればそれは間違いだと思う。でも彼らは、悪意を持っているかもしれないのでした。

病名に頼りきって内省する気の無い私のことを、多少、恨んでいるんだろうと思います。

だって病気だったら、薬を飲んで安静にしていれば治るんです。周囲の環境を整えるだとかはあるとしても、必ず治るって、私は閉鎖病棟で教えられてきました。

でもそっか、例えば彼らのいうように「性格の問題」だとか「思春期を拗らせてるだけ」だとしたら、責任はすべて私にあって、ここに治るという概念はありません。薬を飲んでもどうにもならないね。

メンヘラーにとって「思春期を拗らせてるだけ」ってのはかなり攻撃力のある言葉なんじゃないかと思います。きっとみんな病名に縋って安心したいですから。同じ年頃のクラスメイトみんなが同じ苦しみ(アイデンティティの確立だとか)を経験しているのに、自分だけが自殺未遂するなんておかしいよな。それはおかしいですって。

まだ心のどっかで自分は特別だとか思ってるんじゃないの?

自分は凡人だということは、閉鎖にいたときに充分わかったつもりだったのですけれど、それさえもまだだったんでしょうか。

しんどいことを医者に伝えていたら、少しずつ少しずつ薬が増えていって、今はそれを母親に怒られるような毎日です。私たちみたいな家庭では入院費だって、診察費や薬代だって、馬鹿にならない量なんです。

母は困ったときいつも、「じゃあどうしてほしいの」と聞いてきました。でも子どもの望むことと、親が指導すべきことって違います。その選択をすべて子どもに依存していたらその子は自由ばかりを覚えて、楽な方にばかり流されていくはずです。その楽な方が、私にとっては自傷であり死でした。

入院前。不眠と拒食とリスカやODに嘔吐、そんなことばかりを繰り返しているだけの生活でした。ついには自殺企図で閉鎖病棟にまで行き、せっかく出てこられたのに退院してからは悪くなる一方です。

無菌状態のサナトリウムだったあの病棟に帰りたいと思うことが、よくあります。

母親も、もう疲れきったんだと思いました。元々心が弱い人で、私が入院した時も鬱病患者一歩手前みたいな状態になっていたらしいですから。どれだけ薬を飲んでいても悪くなるだけの私に、夜中に死にたいって喚いたりいつまでもオーバードーズを続けたりする私に、もう疲れたのだと思います。最近の母は「何もしてやれない」と泣いているばかりです。一人で背中を丸めて、声を殺して泣いているのを見ると、そしてそれが私のせいなのだと思うと、たまらない気持ちになりました。

なんでも相談してね、って言ってくれました。入院前はしんどいことに気が付けなくてごめんね、と何度も謝られました。私はそのたびに、「私が頼ったら、この人は壊れてしまうのだろうな」と感じていました。医者は私に、「真面目すぎるから、もっと家族にわがままを言うべきだ」と言いました。そうでないとストレスが鬱屈して、また自傷に走ったりするからと。

私は悲劇のヒロインではありません。

母親は優しい人でした。いい家族でした。


でも、の後に続く言葉を、私は見つけられません。