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概念体

今日も元気にアムかっと!

前述、死にたくなかった日がない

ブロン3瓶飲んだら死ねるんだって。コデインのアレで。

それから幾つかの薬局回って、馬鹿みたいに楽勝に3瓶を手に入れた。ママに内緒で、ネットで知り合った友達と会った帰りだった。

用法説明とか年齢確認されても、はいはいって笑ってたら簡単に売ってくれる。だからなんか、チョロいな、って思ったのだ。死ぬなんてこんなに簡単だったのか、と思って。

駅前でシンガーソングライターみたいなのが弾き語りしてた。大通りだしいっぱい人はいたけど、足を止めて聴く人はひとりもいなかったんだよね。でも一生懸命歌ってて、ブロンの3つ入ったレジ袋ぶら下げてたぼくにはなんか滑稽に見えた。あーぼくが死んでもこの人は多分夢を諦めないんだろうな。すれ違った女子高生がこれから自殺するなんて思わないんだろうな。

どうでもよかったね、全部。勝手に同情するみたいな気になってるぼくのことも、きっとあの男の人からしたら「冗談じゃねえ」って感じなんだろうなぁ。

知り合いにバンドを始めた男の子がいた。ギターを買ったって話を聞いた日から、電話で聞かせてもらう度に上手くなってた。ぼくは元々邦楽ロックが好きで、ちょっとは本気でバンドやりたいな、って思ってた時もあったのだ。でもその子がちゃんとギター始めてから、ぼくはそれをまったく辞めた。できることとできないことっていうのが、はっきり分かったから。ぼくはその子が羨ましい。でもその子になりたいとは思わない。きっとぼくは、彼みたいに必死にギターの練習をやり遂げられない。それで、一時は憧れてた路上ライブの男の人をほとんど軽蔑の目で通り過ぎるのだ。そういうのやめてほしい、本当に。

関係ないけど夕焼けがすごく綺麗だった。写真に撮ろうかなって思ったけど、一眼レフなんか持ってるわけじゃないし、スマホのカメラは解像度が高くても空とは少し違う色を映すのを知っていたから、やっぱりやめた。電車の向こう側の窓に映るぼくの影を見て、あぁきっとぼく今死んだみたいな顔してんだろうな、と思った。疲れ果ててしまった。9月までには死にたい。いろいろ、つかれた。

Twitter見たら意外と「死なないで」ってリプライが来てて笑った。こんなの、ファッションメンヘラの死ぬ死ぬ詐欺かもしれないのに、ブロン3瓶買ったってツイートしただけでこんな。ぼくは3日前にも、死ぬって言ってやっぱり死ねなくて帰ってきたばかりだった。

みんな何なんだろうな。本当はもっと、世界は死んでいく人に優しくてもいいのに。

「そっか、概念さん限界きちゃったのかぁ」って言われたのが一番心に残っている。そうだねぇ、限界だねぇ、と思って、なんか心につっかえてたものがことん、って音を立てて外れた気がした。

終わるんだ。

これを自傷の延長だと思ってる人が、「ほどほどにね」って言った。道具は一緒だけど、目的全然違うのになぁ。ほどほどに死ぬ、ってなんだろうな。ぼくは、死ぬ気になったらちゃんと死ねるってことを証明してみたかったのかもしれない。色んなリプライが来たけど、そのどれも、外野からの意見だった。それで、良かったなあって思った。お願いだから死なないで、概念さん死んだら悲しいよ、やめてなんて声が届いたら、きっとぼくは泣きながら腕切るだろうと思ったから。

ぼくは「自殺」ってものを、エンターテイメントにしてほしかった。必死で止めて縋らなきゃいけないようなものになったら、今まで死んできた人たちがきっと浮かばれない。なんかふわふわしてて、よく知らないけど、あれ?って気付いたらひとりいなくなってるような、そんな曖昧さでいいと思っていた。葬式なんていらない。散骨もダサい。メンヘラがよく言う、「存在ごと消える」ってものが、自殺には一番似合うんじゃないかと思う。

それに似合うのが、首吊りや飛び降りよりも過剰服薬だっただけ。それで良かった。なんていうか、みんなもっと死に対して耐性があるのかなって思ってたんだ。他の誰かが死ぬのを観客席で楽しめるくらいには。ぼくはできるなら、エンターテイメントになりたかったな。ぼくが思ってるほど世界は冷たくなかったし、温かくもなかったね。

産まれてきたこと後悔するくらいならみんなしてると思ってた。今まで生きてきて一度も本気で「死のう」って考えたことがない人なんて存在しないと思ってた。でもなんとなく、色んな楽しみを見つけてみんな生きてるんだろうと思ってた。

薬で一時的に「死にたい!」を抑えることはできるけど、もうずいぶん長い間、死にたくなかった日がないんです。数時間のあいだ「死にたい!」を抑えたってもう無駄なんですよ。

なんか疲れた、で死ねたらよかった。難しいこと考えないでも、生きていけたらよかった。弱者に優しい世界なんて、気持ち悪くて生きていけそうになかった。だから死ぬ。それだけです。誰が憎いとか、どこで間違ったとか、何が悪いとか、そんなの無かったんだと思う。ぼくは病気じゃなかったし、ママは普通のいいお母さんだった。パパだってお仕事をよく頑張るいいお父さんだったし、家族だって、そんなに悪くはなかったんじゃないかと思う。

だけどただ、ぼくはフワッて浮いてなくなるだけ。やっぱり消える、この感覚が一番正しい。ぼくがいなくなった後のママは、浮いたぼくのこと「わかんないなぁ」って思いながら過ごして、どこかのタイミングで一回泣いて、それからは普通に過ごしてくれたら、嬉しい。

あとそうだ、ブロン3瓶なんかじゃ死ねないんじゃないのって言ってきたひとがいた。でも計算上は、それで致死量のはずだった。計算上、でよかった。ぼくはそんな、計算外のことまで考えて自殺計画立ててるわけじゃない。初めての自殺未遂だけど、それでどうにか間違って上手いこと死ねたら万々歳。生き残って何かしらの障害が残ったらそれもいい。一番嫌なのは嘔吐して嘔吐してそれで誰にも気付かれずに終わり、ってパターンだけど、そうなったら今度こそちゃんと高層ビルからでも飛び降りて死のうと思う。

だから本当に死にたいって思ってるならぼくはオーバードーズなんて成功率の低いものに頼ったりしない。ビルの10階から飛び降りる方が確実に決まってる。でもどうせ嫌になって全部辞めようとしてるなら、分かりきった結果に依存せずに確率に任せてみようかな、と思ったのだ。こんなヌルいオーバードーズで死ねたらラッキー、それで終わる人生ならそれまでだし、死ななかったらその後どうなるかって、想像つかなさすぎてそれはそれで見てみたい。

とにかく、どうにか変わりたいのだ。「あ、この子自殺未遂なんかするんだな」って周りに思わせたかった。なんだろうな。本当は何を望んでたんだろう。でも本当の本音を言えば、ぼくはただ構ってほしかっただけなのかもしれない。見て欲しかった。ぼくはここにいるってことを、わかって欲しかった。

いらないね。自己顕示欲、才能のある人間がひけらかすのはいいけどさ、何もない人がそれをやるのはあまりにも醜くて見てらんない。見てらんないから、死ぬんだけど。

そろそろ分かってきたと思う。きっとみんなもこのクソメンヘラもどきのことが嫌いで背筋が粟立つと思うけど、ぼくもそれと同じくらいぼくが嫌いで気持ち悪いんだよね。じゃあ変えろよって言われた時、どうやれば変われるのかが分からなかっただけだ。同じくクソみたいな自己啓発本とか読んでも、「いや、それができたら悩んでねぇわ」みたいなのばっかりで、でもそんなもんが世に氾濫していてもメンヘラがこれだけいるってことは、それらに効果がないってことの証明だと思うんです。だから気にしてない。そのうちメンヘラ更生指南書完全版みたいなのが出たら、即座に予約して買います。本当に効果があるならの話ですけど。

この「構ってほしい」って欲求がこれほど馬鹿みたいに膨れ上がったのは、どうやら幼少期に愛情が欠けていたとかがあるらしい。いやこれも使い古されすぎてもううるせぇよって感じだけどさ。幼少期幼少期って誰に責任を押し付けたいんだよ。母親か?そうその母親、ちょうどブロン買ってきた帰り道に、ぼくはひとつ気づいた。ぼくが「好きなひと」に求めてたものって、「おかあさん」だったんだな、と。

セクマイが流行りみたいなアレに乗るわけじゃないけど、ぼくは女の子を好きになることがどちらかというと多くて、その時思うのは、キスしたいとかセックスしたいとかじゃないんだけど、でも確かに恋愛の「好き」だと信じていたのだ。尊敬とか友情とか、そういう感情とは絶対に違うって自信があったから。でもいざ付き合うってなると、どうしても違和感があった。ぼくは付き合って、何がしたかったんだろう?といつも思った。それでいて、例えばその人と家庭にいるのは容易に想像できるのだ。同じ家に住んで、仲良く暮らせる図が、簡単に思い浮かんだ。でも付き合うことに違和感がある。これはずっと引きずってきた思いで、けどぼくはまず同性が相手って時点でマイノリティなのを気にしすぎて、その正体を深く考えようとしなかった。女の子だから引け目があるのかな、とかそのくらいで済ませていた。当然だと思う。他に忙しいことがありすぎる。

でもその日、突然思ったのだ。あ、ぼくの好きになる人って、ぼくの理想の「おかあさん」してくれる人だなって。

その人は大抵、ぼくを無条件で褒めてくれた。その人は大抵、何か尊敬できるものを持っていた。その人は大抵、ぼくに優しかった。それらが、「おかあさん」の条件と面白いくらいぴったり同じだったのだ。

なんか笑った。

ぼくは実はセクマイとかじゃなくて、いや、まず恋愛というものにおいて、「おかあさん」を探してただけなんだ。男の子を好きになっても、ぼくのタイプはほとんど母性に溢れる草食系男子で、だから性別によって動じるものじゃないくらい、ぼくは「おかあさん」が欲しかったんだ。本当、もう笑った。

ぼくには、「おかあさん」がいなかったんだ。

嘘、泣くよ。悲しかった。いいお母さんでいようと努めてくれる実の母がいることも、知ってた。ぼくを心配して、いつも過保護になっちゃうくらいの、優しい優しい母がいたよ。ぼくには、母さんいたよ。

でも足りなかった。

わかんないけどぼくは小学生の時から、もっとママに構って欲しかった。話しても話しても足りなかったし、もっとすごいねって褒めて欲しかったし、怒らないで欲しかった。ママの怒った顔がいつも怖くて、いやでもそんなに怒ってばかりじゃなかったのは知ってる、でもやっぱり、怒られるのがどうしても嫌だった。怖かったから。捨てられると思ったから。その頃はまだ捨てるよなんて言われたことなかったはずなのに。どうしてなんだろうね。それは、ぼくの母さんが小学生のぼくと同じくらいの頃、山に置き去りにされたことがあるって聞いてから初めて分かった気がした。ママも苦しかったんだ。今でも、苦しいんだ。

だからやっぱり、ぼくは「おかあさん」が欲しかったんだと思った。そしてそれは、きっと叶うことがないんだろうと思った。

今暑い部屋でスマホを支えてる腕にアームカットの生傷がある。どれだけ暑くても長袖を脱げない腕をして、そのまま8月を半分越した。ぼくは9月までに死ぬ。また学校が始まる前に、夏休みが終わる前に。ブロンの箱が3つ、戸棚の奥に並んでいる。8月28日、できるだけの準備をして、ぼくは死のうと思う。死ぬと思ったら大抵のことは許せるもので、誰に怒られてももう後になってひとりで泣いたりしなかった。昼夜逆転した生活のままで、あと何日かを過ごして、死へのカウントダウンを気分だけ味わう。死ぬって分かってる人と会話をしてくれるTwitterのみんなは優しいし、残酷だなと思った。いや、何人くらいが本気で死ぬと思ってんだろうね。少なくともぼくは、逆の立場ならリプライも送らずに観客席から眺めてると思う。それで8月28日を越してからTwitterに現れなかったら「お、ほんとに死んだのか」って思う役をする。そんなもんだし、案外それでないと世界は成り立たないような気もする。