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概念体

今日も元気にアムかっと!

共倒れになる親子の話


私に適応障害と診断がついてからもう一年が経とうとしています。でも親戚や家族からは「本当に病気なわけじゃなくてお医者さんが一応つけてるだけだよ」っていつも言われていました。

私は、病気だと言われた方がよほど救われます。みんなが気を使ってそう言っているのであればそれは間違いだと思う。でも彼らは、悪意を持っているかもしれないのでした。

病名に頼りきって内省する気の無い私のことを、多少、恨んでいるんだろうと思います。

だって病気だったら、薬を飲んで安静にしていれば治るんです。周囲の環境を整えるだとかはあるとしても、必ず治るって、私は閉鎖病棟で教えられてきました。

でもそっか、例えば彼らのいうように「性格の問題」だとか「思春期を拗らせてるだけ」だとしたら、責任はすべて私にあって、ここに治るという概念はありません。薬を飲んでもどうにもならないね。

メンヘラーにとって「思春期を拗らせてるだけ」ってのはかなり攻撃力のある言葉なんじゃないかと思います。きっとみんな病名に縋って安心したいですから。同じ年頃のクラスメイトみんなが同じ苦しみ(アイデンティティの確立だとか)を経験しているのに、自分だけが自殺未遂するなんておかしいよな。それはおかしいですって。

まだ心のどっかで自分は特別だとか思ってるんじゃないの?

自分は凡人だということは、閉鎖にいたときに充分わかったつもりだったのですけれど、それさえもまだだったんでしょうか。

しんどいことを医者に伝えていたら、少しずつ少しずつ薬が増えていって、今はそれを母親に怒られるような毎日です。私たちみたいな家庭では入院費だって、診察費や薬代だって、馬鹿にならない量なんです。

母は困ったときいつも、「じゃあどうしてほしいの」と聞いてきました。でも子どもの望むことと、親が指導すべきことって違います。その選択をすべて子どもに依存していたらその子は自由ばかりを覚えて、楽な方にばかり流されていくはずです。その楽な方が、私にとっては自傷であり死でした。

入院前。不眠と拒食とリスカやODに嘔吐、そんなことばかりを繰り返しているだけの生活でした。ついには自殺企図で閉鎖病棟にまで行き、せっかく出てこられたのに退院してからは悪くなる一方です。

無菌状態のサナトリウムだったあの病棟に帰りたいと思うことが、よくあります。

母親も、もう疲れきったんだと思いました。元々心が弱い人で、私が入院した時も鬱病患者一歩手前みたいな状態になっていたらしいですから。どれだけ薬を飲んでいても悪くなるだけの私に、夜中に死にたいって喚いたりいつまでもオーバードーズを続けたりする私に、もう疲れたのだと思います。最近の母は「何もしてやれない」と泣いているばかりです。一人で背中を丸めて、声を殺して泣いているのを見ると、そしてそれが私のせいなのだと思うと、たまらない気持ちになりました。

なんでも相談してね、って言ってくれました。入院前はしんどいことに気が付けなくてごめんね、と何度も謝られました。私はそのたびに、「私が頼ったら、この人は壊れてしまうのだろうな」と感じていました。医者は私に、「真面目すぎるから、もっと家族にわがままを言うべきだ」と言いました。そうでないとストレスが鬱屈して、また自傷に走ったりするからと。

私は悲劇のヒロインではありません。

母親は優しい人でした。いい家族でした。


でも、の後に続く言葉を、私は見つけられません。





自尊心と自己肯定感


自尊心と自己肯定感は、似ているようで全く異なるものだと思う。

どちらも、低いと自己を大切にする気持ちが欠け、人の道を外れたことをするための敷居が低くなる。それが非行や犯罪、はては自傷や自殺といった行為に繋がるのだ。

パターンの一つとして、「自尊心が高く、自己肯定感が低い」状態を挙げたい。


自尊心:自己に対して一般化された肯定的な感情(Wikipediaより)

自己肯定感:自らの価値や存在意義を肯定できる感情(こそだてハックより)


前者において重要なのは、その意味の中に「自分を優秀な者だと思う気持ち」が含まれていることだ。一方、自己肯定感は「ありのままの自分、いいところと悪いところを認識し、それを受け入れられる」という条件が必要になる。

つまり、自尊心の獲得には必ずしも正しさが求められないのだ。屈折していようと独りよがりであろうと、自分は優れていると思い込むことはできる。


自己肯定感が低い人の多くのケースにおいて、「認識」という段階でつまずいている傾向が見られる。良いところに気がつけないので、悪いところのみを受け入れることはできないのである。例え受容したとしても、「自分には悪いところしかない(しかし、私はそのままでいい)」となってしまい、これもまた精神に悪影響を与える。

この危機を乗り越えるために取られた方法が、半ば無理矢理な合理化、自尊心の成長である。

つまり、

欠点の認識→美点の認識不足→自尊心による補充

という風なルートが成り立つのではないか。そしてこれは正しい解決策であるとは言えない。根本的な自己肯定の達成は満たされず、自尊心だけが肥大化していく。


ただし、自尊心の肥大化は必ずしも起こるという訳ではなく、様々な要因が重なった結果生まれるものである。例えば、承認欲求。「優等生でありたい」「芸術面で成功したい」という人は特にこれを膨らませがちである。

要因としては努力しても結果が出ないというようなケースが挙げられる。人は、まず最初に誰でも持っている程度の自尊感情を以って何かを成し遂げようとする。しかし失敗してしまい、それが耐えがたい現実であった場合、私たちは適応機制という働きを使ってその事象を看過しようとする。この時、自尊心が高い人の特徴として、よく合理化が使われるのである。


「今回は調子が悪かっただけ。」その裏に隠れている「本当はもっとできるはず」という思い込みこそが、自尊心の正体なのである。心理学でいう"幻の自己像"は、失敗と合理化を繰り返すことでさらに現実と乖離したものとなる。「このくらいできるはず」という過大評価をもとに行動しているため、失敗をも繰り返さなければならないという負のスパイラルに陥ってしまうのだ。

これは本人にとって非常に苦しい状態であるといえよう。しかしながら、自らの力でこの連鎖から抜け出すのは困難なことである。高まった自尊心のために、他人の助言を聞き入れられなくなるためだ。当人はそのことを意識しておらず、むしろ自己肯定感の低さから「自分を尊重しているなんて、とんでもない。なぜ人は自分のことを理解してくれないのか」と思ってしまうことだろう。


そして、自己肯定の達成には他者からの承認が必要となる。周囲からの評価により普通ならある程度満たされるはずだった自己肯定感もまた、膨れ上がった自尊心のせいで得られなくなるのだ。

それは「もっとすごいことができるはずなのに」という思い込みや、「自分はこの人達よりも優れているから」との思いから承認の実感が薄れるためである。自己肯定感が著しく低下した状態では、そこに「自分は褒められる存在ではない」という矛盾した思いまで加わり、当人を混乱に陥れる。


幻の自己像に飲み込まれた人間と接する周囲の人は、次第に嫌気がさし、褒めることをやめる。評価を放棄するのだ。孤独や認められない悔しさは、作用し合って自尊心の肥大化と自己肯定感の低下に拍車をかけることだろう。

こうして、「自尊心が高く、自己肯定感が低い」人間が生まれるのである。



新海誠作品と「魂の友達」についての話

秒速5センチメートル君の名は。ネタバレあり


一応保身のために言っておくと、これは「私」の話であって、批評とかなんとか、そういうものじゃない。
精神的な友達のこと、なんて呼べばいいのだろう。「友達」なんかじゃ表せないほどの熱量と希望を孕んだ人間のこと、なんと称すれば、納得がいくだろうか。それは恋人同士にも似ていて、或いは家族、いや、双子のような。そういえば、ソウルメイトって魂の友達という意味だった。私にはそういう人がいた。相手もそう思っていてくれたはずだ。とにかくそれくらい大事な人に出会うことができたことを、本当に恵まれていると思うし、本当に幸運だったと思う。そんな人には巡り会えないままで一生を終える人もたくさんいることを知っている。それもまだこんな若いうちに見つけられるなんて、奇跡みたいなことなのだ。 何が書きたかったんだろう、なんだかそれもよくわからない。
私は新海誠が好きだった。
初めて秒速5センチメートルを見たとき、私は大げさでなく、心が震えるほど感動した。あの桜の、絵画のように美しい作画、ぽつぽつと落とすように語られる言葉、あまりにもリアルな街の描写。
空気を描く。ということが、この人にはできるのだと思った。心を描く。ということが、映画にはできるのだと思った。

君の名は。を映画館に観に行ったのは9月のおわりのことで、私は本当にそれを楽しみにしていた。Twitterやネットをよく見るけれど、不思議とネタバレを見ることはなかった。ほとんど前情報はなしだった。
見終わった瞬間、胸の中に泥の色をした薄い膜が張られているような気持ちになった。 何だこれ。ずっとそんな疑問だけがぐるぐる渦巻いていて、何にもなれない感情が、でも今にも爆発しそうなくらい、
私は新海誠が嫌いだった。 誤解しないでほしい。これは作品を受け取る側の問題だ。「私」の話だ。新海誠やその映画をを悪く言いたいわけでも、そのファンを攻撃したいわけでもない。ただ私には、無理だ。その気持ちがどこから来るのか、まだ薄ぼんやりとして分からない。あと私は上記2つの作品しか見ていないから、他の作品についてはどうとも言えない。
ただ、リアルすぎるのだ。
秒速〜の時も、じっと解釈を考えていたら死にたくなるような気がした。あれはバッドエンドじゃないってみんな言ってる。どうして?と思った。私はあれを快い気持ちで観ることはできない。
魂の友達。桜花抄での彼らはまさにそういう関係だったのではないか。私と重ねて見てしまったのもきっとある。でもそれでも、あんな終わり方をするのは、「フィクション」じゃない。物語になれない。そう思った。
たまたま、彼らが男女だったから「恋愛もの」として見られただけで、彼ら自身もそうなっただけで、私にはあれは魂の友達のゆくえを描いた話なのだと思えてならない。明里が結婚することも、貴樹が交際をああいう形で終えることも、本当はただの置き物みたいなもので、だからお互いが恋人をつくってもそれほど深い罪悪感もなく、貴樹は明里の影を追い続けられたのではないか。二人の関係性の本質が「魂の友達」だったから、他の恋人によって決定的ななにかが壊れたりはしなかった。ただ、少しずつ少しずつ綻びを生むに留まっただけで。 クラスメイトに色々なことを言われたり、苦しいことがあっても耐えられたのは、彼らが共依存のような支え合いをしていたからなのだと思う。そして距離が開くほど、時間が経つほどにその関係がじわりじわりと解けてしまうこともまた、恐らく二人とも予感していた。
「魂の友達」の終わり方は、普通の「友達」の終わり方とは違う。 嫌いになるわけじゃない。ただどうしようもないところで、魂の友達を持っていることが苦しくなる。それは会えないことだったり、他の「友達」と接していても楽しくなくなってしまったり、離れたくないがために膨大な感情を抱え込んでしまったり。その苦しさの積み重ねが、魂の友達を終わらせるのだろう。そして魂の友達は、「決して嫌いになったわけじゃないから」その終わりのときを明確にはしてくれない。じわじわと終わりに近づく波が、もうほんとうに戻れないところまで来てしまった瞬間が、見えない。見えないから、終わっているのに終わっていることにも気づかず(或いは頑なに気付こうとせず)、「どうして、どこからこうなってしまったんだろう」という思いだけが積もっていく。
新海誠はきっと、それを描いた。
だから私はこんなにも胸糞が悪くなるような思いになったのだ。
それはフィクションの世界に持ち込んで成立するようなものじゃないと思った。それは私にその感情の機微を描写する能力がないからとも言えるし、それは申し訳ないことだ。私が知らないだけで「魂の友達の終わり方」を描いた作品は他にもたくさんあるのかもしれないけれど、私はそのどれも観る・読むことはできないだろうと思った。心がズタズタに裂かれていくような気になる。「どうしようもないこと」の頂点をこんなに美しい絵で表現して、それが私は反吐がでるほど嫌いなのだ。
間違いなく新海誠は素晴らしい監督だと思う。 君の名は。を見終わった後、こんなもやもやと同時に、「新海誠人智を越えた神だな」と思ったのだから。ストーリーも絵も何もかも完璧。全てがあまりにも美しいから、心が千切れそうなほど切なくて、リアリティにかけては右に出る者はいないと思う。本当に、美しいのだ。
君の名は。について書くと、私はSF映画やアクション映画が心底苦手な性質なので「もう見るなよ」って感じはするだろうけど、(正直ちょっと怖かった)それでも本当に綺麗だし、やっぱり本当に感動した。それで、あぁ瀧と三葉もまた魂の友達だったのだろう、と思った。これに関してはあまりにも特殊な状況が絡んでくるけれど。
冒頭の言葉、「ずっと何かも分からない何かを探していて、朝起きると何かを失ってしまったという感覚で涙を流している」という描写からもう私は心がズタズタになっていたのだけれど。「どうにもならないもの」が、私は大好きで大嫌いなんだ。でも多分、記憶どうこうを抜きにしても、魂の友達が終わる頃や終わったあとの感覚ってこれにとても似ていると思った。お互いにとっての相手は、自分の半身なんてものよりもっと深い、自分と溶け合った部分だったと思うのだ。心にぽっかり穴が空くとはよく言うけれど、それよりか、全身が穴になってしまった感じ。自分が薄くなってしまった感じ。それが、大人になった瀧や三葉、そして貴樹なのだろうと。
「魂の友達」という感覚は、なかなか言葉に表せない。便宜上ここではずっとこの表現を使っているけれど、これでもまだ何か違う気がする。「自分と誰か」のその関係性を他人に伝えることはもっと難しい。喪失感ともなにか違うような魂の友達を失ったあとの人生の薄さとか、そういうものも、何も知らない他人に伝えることは難しい。
突然涙が出てくることがある。なにもないのに、心の病気なんてものなわけもないのに、ずっと苦しい。 誰にも理解されないから、一度この喪失感を持ってしまうと身動きが取れなくなる。理解してくれるのは唯一魂の友達だけだったのに。
こういう感覚を、大衆に伝わるような形にして表現した新海誠はやっぱりすごいな、と思うし、それはやっぱりフィクションにしてはいけないと思う。恋愛映画という肩書きをつけてほしくないけれど、他にジャンル分けできないような気もする。
なんか、新海誠の映画に限らずだけれど、こういう思いにとらわれたことのある人って、いないのだろうか。まだこの気持ちを上手く表せなくて、ずっともやもやしています。そういう話でした。

こんにちは

死にませんでした。生きてます。

精神科の閉鎖病棟に入院しました。

詳細は後日話したいと思います。

その日までのこと



病み垢が凍結した。はー、ちょうど良かったのかもしれないな、と思ったけどなんかすごく悲しかった。悲しくて死にたかった。今まではその日が来るまで何もする気はなかったのに、「準備はあるから何も28日じゃなくても今死ねるんだ」と思ってああもう今すぐ薬飲もうかなって、でもその時に、ぼくに死なないでって言ってくれた人のことが思い浮かんだ。約束した。28日まではまだ、大丈夫。死なないから、安心してって。長くなるし、これはまた後で話そぉ。


それから、ふと思い立って彼女に連絡した。彼女は別にぼくのことを好きじゃない。でもまぁそんなものなんだろうと思って。嬉しいかって言われたら、どうなんだろうな。特に何も思わない、が正しいかもしれない。ぼくはリア充に死ぬほどの劣等感を抱えているし、現に付き合ってから一度も会ってなかった。安心しないで、醜いから。

それまでに会えますか。一応でも付き合ってるなら、死ぬまでに一度くらいは会いたかった。でも忙しいだろうし、会えないなら、悲しい?けど仕方ない。返事はまだかえってきてないし、多分、会えたとしても何にもならないんだろうな、という気はする。2年間本当に好きだったけど、彼女のために生きようとは思わない。本当、彼女に対して特に何も、向けるべき感情がないのだ。想像してたより、同姓の恋人ってつまらなかった。


ママは夏休みの間にぼくのことを諦めた。いつ寝ても食べなくても何してても文句を言わない。ときどき、顔を合わすと皮肉が飛んでくるだけ。妹は最近よく新しいワンピースを着ている。ぼくはきっと冬から服を買ってもらってないな、と思ったけど、あぁでもあと二週間で終わるし、そしたら服なんていらないか。死ぬことにしておいてよかった、と思う。そうでなければこんなの、悲しくてやってられなかった。

ママはぼくのリスカに気づいた半年前、やめなさいって言わなかった。うじうじ様子を窺うようなことして、痛いのは怖いよってなんか変な顔して言って、あと、早く温泉に入れるようになるといいねって言った。

死ね、と思った。

ODした時も、前に言ったけどなんか、怒られたんだっけ。病院に電話とかしてさ。死なないよ。馬鹿じゃないの。こんな量で死ねるわけない。死ぬって、もっと大変なんだよ。ぼくがうん、うんって話聞きながら、でも「もうしないでね」って言うのだけには頷かないでいたら、「じゃあもう知らない」ってそっぽを向かれて、それで終わった。その時、死んでもいいよって許可が出たような気がしたんだ。ありがとう。ママはぼくが死ぬこと、許してくれるんだよね、ありがとう。産んでくれたこと、それと今まで育ててくれたこと、感謝してるよ。心の底から。


最近は専らAVのサンプル動画ばっか見てる。酷いやつ。嘔吐させられたり頭や腹殴られたり首絞められたり、犯罪まがいのことが合法なのすごいなって。かわいそうだ。ぼくに可哀想って思われる女優がかわいそう。真っ暗にした暑い部屋で、泣いて帰りたいって喚く女の人見てたらなんかとても静かな気分になる。どんな綺麗事吐いて涼しい顔しててもエグい加虐心があるの、事実で、こっちが本当だよなぁって安心するから。力じゃ抵抗できない弱い人間のこと、服従させたいでしょ。ぼくもそうだよ。興奮するからって純粋な理由で人のこと殺してみたい。血、好きだもん。自分の腕切ってばっかりで、本当に傷つけたい人のこと忘れてしまいがちになる。

でもこの人たち、これでお金稼いでんのか。楽しいのかな。生きてて。これを買って見てる人たちも、楽しいのかな、生きること。


ブロン、5瓶溜まった。田舎なりに近所のドラッグストア全部回ったから、これ以上はちょっとキツい。それと今度の診察で睡眠薬をもらって、それも全部飲もう。あと鎮静作用のあるレボトミンも。上手くいけば眠って死ねるかも。そうでなかったら吐瀉物が気管に詰まって呼吸困難で死ぬ。苦しいな、死ぬのが怖くなくて、ただ単に苦しい。

もう少しで死ぬと分かってる人と話すのは、どれだけ疲れるだろう。ぼくはその文章を見ていて、悲しかった。ぼくが死ぬことが嫌なんじゃない、なんていうか、「ぼく」っていう存在、物体がなくなるのが悲しい。それで悲しむ人がいることが、悲しい。

じつは、ぼくが死んだらわたしも死ぬよって言ってくれている人がふたりいる。一緒についていくよって言われたとき、ぼくは、本当に泣いた。じゃあ軽々しく死ねないね。でもどうしたらいいんだろう。ごめん、ありがとう。一緒にいこうか、って言うにはあんまり無責任すぎて、でもね、ぼくはふたりぶんの命なんて背負えない。本当に正直に言えば、それはとても嬉しいけど。例えば単にきっかけにすぎないとしても、ぼくのためにしんでくれるひとがいて、嬉しかった。ぼくは生きてきて、よかった。産まれてきてよかった。確実な死に向かうとき、人はこんなに安らかな気持ちになれるんだなって、不思議に思う。ひどく落ち着いた気持ち。ぼくの死は、ともすればふたりの人を殺すかもしれない。

ごめん、許してくれ。本当にごめん、でも許して。好きだよ。みんなのこと大事だよ。ありがとう。でもぼくはもう駄目だ。幸せだった、あー生きててよかったぁって言えるうちに死にたい。きっとこれが最善だった、と思う。自分に才能があるって勘違いできて、それを目に見える形で認められて、才能が無いことを自覚させられる前に死にたい。自分勝手が許されなくなる前に、終わりにしたい。

間違いなくぼくは今までの人生の中で一番幸せで、一番苦しい。


好きだった、本当にふたりのことが。

この世界のこと、好きだった。





命日を 待つ。




前述、死にたくなかった日がない

ブロン3瓶飲んだら死ねるんだって。コデインのアレで。

それから幾つかの薬局回って、馬鹿みたいに楽勝に3瓶を手に入れた。ママに内緒で、ネットで知り合った友達と会った帰りだった。

用法説明とか年齢確認されても、はいはいって笑ってたら簡単に売ってくれる。だからなんか、チョロいな、って思ったのだ。死ぬなんてこんなに簡単だったのか、と思って。

駅前でシンガーソングライターみたいなのが弾き語りしてた。大通りだしいっぱい人はいたけど、足を止めて聴く人はひとりもいなかったんだよね。でも一生懸命歌ってて、ブロンの3つ入ったレジ袋ぶら下げてたぼくにはなんか滑稽に見えた。あーぼくが死んでもこの人は多分夢を諦めないんだろうな。すれ違った女子高生がこれから自殺するなんて思わないんだろうな。

どうでもよかったね、全部。勝手に同情するみたいな気になってるぼくのことも、きっとあの男の人からしたら「冗談じゃねえ」って感じなんだろうなぁ。

知り合いにバンドを始めた男の子がいた。ギターを買ったって話を聞いた日から、電話で聞かせてもらう度に上手くなってた。ぼくは元々邦楽ロックが好きで、ちょっとは本気でバンドやりたいな、って思ってた時もあったのだ。でもその子がちゃんとギター始めてから、ぼくはそれをまったく辞めた。できることとできないことっていうのが、はっきり分かったから。ぼくはその子が羨ましい。でもその子になりたいとは思わない。きっとぼくは、彼みたいに必死にギターの練習をやり遂げられない。それで、一時は憧れてた路上ライブの男の人をほとんど軽蔑の目で通り過ぎるのだ。そういうのやめてほしい、本当に。

関係ないけど夕焼けがすごく綺麗だった。写真に撮ろうかなって思ったけど、一眼レフなんか持ってるわけじゃないし、スマホのカメラは解像度が高くても空とは少し違う色を映すのを知っていたから、やっぱりやめた。電車の向こう側の窓に映るぼくの影を見て、あぁきっとぼく今死んだみたいな顔してんだろうな、と思った。疲れ果ててしまった。9月までには死にたい。いろいろ、つかれた。

Twitter見たら意外と「死なないで」ってリプライが来てて笑った。こんなの、ファッションメンヘラの死ぬ死ぬ詐欺かもしれないのに、ブロン3瓶買ったってツイートしただけでこんな。ぼくは3日前にも、死ぬって言ってやっぱり死ねなくて帰ってきたばかりだった。

みんな何なんだろうな。本当はもっと、世界は死んでいく人に優しくてもいいのに。

「そっか、概念さん限界きちゃったのかぁ」って言われたのが一番心に残っている。そうだねぇ、限界だねぇ、と思って、なんか心につっかえてたものがことん、って音を立てて外れた気がした。

終わるんだ。

これを自傷の延長だと思ってる人が、「ほどほどにね」って言った。道具は一緒だけど、目的全然違うのになぁ。ほどほどに死ぬ、ってなんだろうな。ぼくは、死ぬ気になったらちゃんと死ねるってことを証明してみたかったのかもしれない。色んなリプライが来たけど、そのどれも、外野からの意見だった。それで、良かったなあって思った。お願いだから死なないで、概念さん死んだら悲しいよ、やめてなんて声が届いたら、きっとぼくは泣きながら腕切るだろうと思ったから。

ぼくは「自殺」ってものを、エンターテイメントにしてほしかった。必死で止めて縋らなきゃいけないようなものになったら、今まで死んできた人たちがきっと浮かばれない。なんかふわふわしてて、よく知らないけど、あれ?って気付いたらひとりいなくなってるような、そんな曖昧さでいいと思っていた。葬式なんていらない。散骨もダサい。メンヘラがよく言う、「存在ごと消える」ってものが、自殺には一番似合うんじゃないかと思う。

それに似合うのが、首吊りや飛び降りよりも過剰服薬だっただけ。それで良かった。なんていうか、みんなもっと死に対して耐性があるのかなって思ってたんだ。他の誰かが死ぬのを観客席で楽しめるくらいには。ぼくはできるなら、エンターテイメントになりたかったな。ぼくが思ってるほど世界は冷たくなかったし、温かくもなかったね。

産まれてきたこと後悔するくらいならみんなしてると思ってた。今まで生きてきて一度も本気で「死のう」って考えたことがない人なんて存在しないと思ってた。でもなんとなく、色んな楽しみを見つけてみんな生きてるんだろうと思ってた。

薬で一時的に「死にたい!」を抑えることはできるけど、もうずいぶん長い間、死にたくなかった日がないんです。数時間のあいだ「死にたい!」を抑えたってもう無駄なんですよ。

なんか疲れた、で死ねたらよかった。難しいこと考えないでも、生きていけたらよかった。弱者に優しい世界なんて、気持ち悪くて生きていけそうになかった。だから死ぬ。それだけです。誰が憎いとか、どこで間違ったとか、何が悪いとか、そんなの無かったんだと思う。ぼくは病気じゃなかったし、ママは普通のいいお母さんだった。パパだってお仕事をよく頑張るいいお父さんだったし、家族だって、そんなに悪くはなかったんじゃないかと思う。

だけどただ、ぼくはフワッて浮いてなくなるだけ。やっぱり消える、この感覚が一番正しい。ぼくがいなくなった後のママは、浮いたぼくのこと「わかんないなぁ」って思いながら過ごして、どこかのタイミングで一回泣いて、それからは普通に過ごしてくれたら、嬉しい。

あとそうだ、ブロン3瓶なんかじゃ死ねないんじゃないのって言ってきたひとがいた。でも計算上は、それで致死量のはずだった。計算上、でよかった。ぼくはそんな、計算外のことまで考えて自殺計画立ててるわけじゃない。初めての自殺未遂だけど、それでどうにか間違って上手いこと死ねたら万々歳。生き残って何かしらの障害が残ったらそれもいい。一番嫌なのは嘔吐して嘔吐してそれで誰にも気付かれずに終わり、ってパターンだけど、そうなったら今度こそちゃんと高層ビルからでも飛び降りて死のうと思う。

だから本当に死にたいって思ってるならぼくはオーバードーズなんて成功率の低いものに頼ったりしない。ビルの10階から飛び降りる方が確実に決まってる。でもどうせ嫌になって全部辞めようとしてるなら、分かりきった結果に依存せずに確率に任せてみようかな、と思ったのだ。こんなヌルいオーバードーズで死ねたらラッキー、それで終わる人生ならそれまでだし、死ななかったらその後どうなるかって、想像つかなさすぎてそれはそれで見てみたい。

とにかく、どうにか変わりたいのだ。「あ、この子自殺未遂なんかするんだな」って周りに思わせたかった。なんだろうな。本当は何を望んでたんだろう。でも本当の本音を言えば、ぼくはただ構ってほしかっただけなのかもしれない。見て欲しかった。ぼくはここにいるってことを、わかって欲しかった。

いらないね。自己顕示欲、才能のある人間がひけらかすのはいいけどさ、何もない人がそれをやるのはあまりにも醜くて見てらんない。見てらんないから、死ぬんだけど。

そろそろ分かってきたと思う。きっとみんなもこのクソメンヘラもどきのことが嫌いで背筋が粟立つと思うけど、ぼくもそれと同じくらいぼくが嫌いで気持ち悪いんだよね。じゃあ変えろよって言われた時、どうやれば変われるのかが分からなかっただけだ。同じくクソみたいな自己啓発本とか読んでも、「いや、それができたら悩んでねぇわ」みたいなのばっかりで、でもそんなもんが世に氾濫していてもメンヘラがこれだけいるってことは、それらに効果がないってことの証明だと思うんです。だから気にしてない。そのうちメンヘラ更生指南書完全版みたいなのが出たら、即座に予約して買います。本当に効果があるならの話ですけど。

この「構ってほしい」って欲求がこれほど馬鹿みたいに膨れ上がったのは、どうやら幼少期に愛情が欠けていたとかがあるらしい。いやこれも使い古されすぎてもううるせぇよって感じだけどさ。幼少期幼少期って誰に責任を押し付けたいんだよ。母親か?そうその母親、ちょうどブロン買ってきた帰り道に、ぼくはひとつ気づいた。ぼくが「好きなひと」に求めてたものって、「おかあさん」だったんだな、と。

セクマイが流行りみたいなアレに乗るわけじゃないけど、ぼくは女の子を好きになることがどちらかというと多くて、その時思うのは、キスしたいとかセックスしたいとかじゃないんだけど、でも確かに恋愛の「好き」だと信じていたのだ。尊敬とか友情とか、そういう感情とは絶対に違うって自信があったから。でもいざ付き合うってなると、どうしても違和感があった。ぼくは付き合って、何がしたかったんだろう?といつも思った。それでいて、例えばその人と家庭にいるのは容易に想像できるのだ。同じ家に住んで、仲良く暮らせる図が、簡単に思い浮かんだ。でも付き合うことに違和感がある。これはずっと引きずってきた思いで、けどぼくはまず同性が相手って時点でマイノリティなのを気にしすぎて、その正体を深く考えようとしなかった。女の子だから引け目があるのかな、とかそのくらいで済ませていた。当然だと思う。他に忙しいことがありすぎる。

でもその日、突然思ったのだ。あ、ぼくの好きになる人って、ぼくの理想の「おかあさん」してくれる人だなって。

その人は大抵、ぼくを無条件で褒めてくれた。その人は大抵、何か尊敬できるものを持っていた。その人は大抵、ぼくに優しかった。それらが、「おかあさん」の条件と面白いくらいぴったり同じだったのだ。

なんか笑った。

ぼくは実はセクマイとかじゃなくて、いや、まず恋愛というものにおいて、「おかあさん」を探してただけなんだ。男の子を好きになっても、ぼくのタイプはほとんど母性に溢れる草食系男子で、だから性別によって動じるものじゃないくらい、ぼくは「おかあさん」が欲しかったんだ。本当、もう笑った。

ぼくには、「おかあさん」がいなかったんだ。

嘘、泣くよ。悲しかった。いいお母さんでいようと努めてくれる実の母がいることも、知ってた。ぼくを心配して、いつも過保護になっちゃうくらいの、優しい優しい母がいたよ。ぼくには、母さんいたよ。

でも足りなかった。

わかんないけどぼくは小学生の時から、もっとママに構って欲しかった。話しても話しても足りなかったし、もっとすごいねって褒めて欲しかったし、怒らないで欲しかった。ママの怒った顔がいつも怖くて、いやでもそんなに怒ってばかりじゃなかったのは知ってる、でもやっぱり、怒られるのがどうしても嫌だった。怖かったから。捨てられると思ったから。その頃はまだ捨てるよなんて言われたことなかったはずなのに。どうしてなんだろうね。それは、ぼくの母さんが小学生のぼくと同じくらいの頃、山に置き去りにされたことがあるって聞いてから初めて分かった気がした。ママも苦しかったんだ。今でも、苦しいんだ。

だからやっぱり、ぼくは「おかあさん」が欲しかったんだと思った。そしてそれは、きっと叶うことがないんだろうと思った。

今暑い部屋でスマホを支えてる腕にアームカットの生傷がある。どれだけ暑くても長袖を脱げない腕をして、そのまま8月を半分越した。ぼくは9月までに死ぬ。また学校が始まる前に、夏休みが終わる前に。ブロンの箱が3つ、戸棚の奥に並んでいる。8月28日、できるだけの準備をして、ぼくは死のうと思う。死ぬと思ったら大抵のことは許せるもので、誰に怒られてももう後になってひとりで泣いたりしなかった。昼夜逆転した生活のままで、あと何日かを過ごして、死へのカウントダウンを気分だけ味わう。死ぬって分かってる人と会話をしてくれるTwitterのみんなは優しいし、残酷だなと思った。いや、何人くらいが本気で死ぬと思ってんだろうね。少なくともぼくは、逆の立場ならリプライも送らずに観客席から眺めてると思う。それで8月28日を越してからTwitterに現れなかったら「お、ほんとに死んだのか」って思う役をする。そんなもんだし、案外それでないと世界は成り立たないような気もする。

生きてて良いこと何にもなかった




抗うつ剤を3錠飲んだ

ウツって漢字で言わないのは

見たくないものを隠すためで

きっとそれは逆効果だなって思った

ぽかんと開いた穴は

その果てない昏さを象徴している


良いことなんてなんにもなかった

起きたらふわふわして

夢の中で母さんに叩き起こされた

「最低」って言われたことを覚えている

それだけだった

精神科に電話する声を聞きながら

「なんでもないのになぁ」と思っていた

ブロンを15錠飲むのに比べたら

なんでもないのになぁ

馬鹿みたい


馬鹿になるほど眠くって

なんでもいいやって諦めたことの全部

本当は諦めちゃいけないものばかりで

でもそれもどうでも良くなるくらい

ぼくはただ眠かった

「死にたい」ってずっと

思っていた

どっかのビルから飛び降りて

ぐちゃ って死ねたら

しあわせだなって思っていた


揃えられ 主人の帰り待っている

飛び降りたこと 知らぬ革靴   /鳥居


彼はしあわせだったろうなと

思ったのだ

そしてぼくは眠った

泥のように

何も知らない子のように

幸せだったわたしのように

何も考えないで 眠った

ここは夢だとしきりに呟いていた

母さんも妹も

怒られるようなこともあの教室も

白い錠剤を飲み干したぼくも

リストカットを始めた友人も

全部夢だと 呟いていた


幸せだった


ママが目を覚ましたぼくを見て

「死ぬかと思った」と言った

こわかったからもうやめて

ブロンをたくさん飲むのはいいのかと思った

腕をたくさん切るのはいいのかと思った

「うん」って小さく言ったあと

謝りなさいって声がした

ぼくは

謝ることをひとつも持っていなかった

どうしても「ごめん」なんて言えなかった

ぼくは何か悪いことを

したんだろうか


今もまだ死ぬ場所を考えている

明日になったら世界から消えたら

そんなにしあわせなことは

他にはないって

五年前から思っている

薬をたくさん飲んだときのふわふわは

唯一しあわせな瞬間だから

ぼくはそれだけを見て生きてゆきたい

それだけを

支えにして


いつか 薬漬けのぼくの

死体が地面に転がっていたら

きっとそれを蹴ってください

約束です




ごめんわがまま言うと死んでほしくない





ごめんね